耐震構造と建築基準法の変遷2013年06月16日(日)

地震大国日本


地球の表面は数十枚のプレートという巨大な岩盤で覆われています。
このプレート同士が隣接するところで地震は起きやすくなります。

日本の国土はこのプレートが4枚も接しています。
このため日本は地震大国となっています。

とはいえ東日本大震災クラスの巨大地震で数百年に一回、
阪神淡路大震災クラスの大地震で十数年に一回の頻度です。

巨大地震は百年単位で起こるため、地震大国の日本といっても
起こった地震のデータを耐震構造に反映させることは容易ではありません。

このため日本では地震が起こるたびに細かく耐震構造に反映させる試みがなされてきました。
耐震構造は、建築基準法という法律に基づいています。
この建築基準法は地震とともに発展してきたといって良いでしょう。
 

建築基準法の歴史

 
建築基準法の前身は、1919年にできた市街地建築物法です。
この市街地建築物法では耐震構造については全く規定がありませんでした。

しかし1923年M7.9の関東大震災を受けて、市街地建築物法は改正されます。
関東大震災の被害地は都市部であったためか、
改正された市街地建築物法は市街地のみを対象にしていました。

太平洋戦争後1948年M7.1の福井地震を契機にして、1950年に建築基準法が制定されます。
この建築基準法では全国すべての建物に耐震構造を義務付けていました。

この建築基準法のもと戦後の復興期が始まり、高度成長期へと時代が移り変わっていきます。
高度成長期のさなか1968年にM7.9の十勝沖地震が発生します。

建物2万棟に甚大な被害が出ましたが、
特に比較的新しい鉄筋コンクリート造の建物の被害が大きい特徴がありました。
コンクリート柱の鉄筋のせん断破壊が被害をもたらしたのです。

このため1971年に建築基準法施行令が改正され、
鉄筋コンクリートの耐震基準を強化することになりました。

 

新耐震基準になるまで

 
1978年に宮城県沖地震が発生しました。
M7.4、最大震度5の地震でしたが死者28名を出しました。

このうちコンクリートブロックの下敷きになって死亡した方が18名いらっしゃいました。
これを受け3年後の1981年、建築基準法は改正されました。

改正された建築基準法では「震度5の地震では軽微な損傷、
震度6から7の地震でも倒壊しない」ことが規定されています。

1978年の宮城県沖地震の教訓が盛り込まれているわけです。
現在の耐震構造も、この建築基準法を基本としています。

阪神淡路大震災で多くの家屋が倒壊しましたが、
倒壊した家屋のほとんどが建築基準法改正前の1981年以前に建築された家屋でした。

つまり1981年以降の耐震基準(新耐震基準と言われます)に沿って建設された建物は、
耐震性が証明されていることになります。

実際、東日本大震災は津波の被害が大きすぎて倒壊家屋に注目されることはほとんどありませんが、
震度7の地域でも建物の倒壊はマンションを含め全く報告されていません。

都内のタワーマンションも同様の耐震構造のもと建設されていますから、
震度7が想定される首都直下地震においても倒壊の危険性はないと考えて良いでしょう。